日本人の健康を守り続けた味噌の効用

●一汁三菜の和食が日本を守る 広島大学名誉教授 渡邊敦光先生に聞く 1300年以上にもわたって、 日本人の健康を支え続ける味噌。 昔から様々いわれている味噌の健康効果は近年、その多くが科学的に証明されつつあります。 みそ博士で知られ、味噌研究の一翼を担われている渡邊敦光先生は、幹細胞の謎の解明をライフワークに長年、広島大学原爆放射線医科学研究所に在籍、退官後の今も名誉教授として放射線とがんについて研究を続けられています。 その渡邊先生が、なぜ味噌の研究もされるようになったのか。 きっかけは、長崎での被爆で奇跡的に助かった秋月辰一郎医師や広島での被爆者の証言などから、 味噌の健康効果に注目した上司の伊藤明弘教授の声かけでした。 1989年に味噌の研究をスタ ートした当時は「味噌に放射線防御効果なんてあるのだろうか」 と疑問視されていたそうですが、―放射線障害を受けたマウスの小腸の腺窩(せんか。上皮細胞にある細胞分裂の活発な組織)が味 噌で再生した―という目を見張る結果を得て以来今日まで、様々な味噌の機能性を解明されています。 今では「味噌は日本人の知恵と日本人の体質に合ったからこそ、 廃れることなく食べ続けられ、長寿大国の日本人の健康を守ってきた」という確信の下に、講演会や著作などで「味噌の復権」、ひいては一汁三菜の「伝統的和食の復権」を訴えられています。

味噌の放射線への防御作用 ―味噌の常食と放射線防御作用 渡邊) 安全量を超えた放射線被曝では、急性放射線障害で命を落とすことはもとより、長い潜伏期間の後に深刻な障害が現れる慢性障害や、放射線はDNAを傷つけるために次世代への遺伝的影響も心配されます。 一方で、長崎でも広島でも、被爆者の中に少なからず、深刻な原爆症を免れた人たちがいました。 長崎の原爆で被爆した、医師の秋月辰一郎先生は、病院スタッフ全員が急性障害から免れた原因の一つは「わかめの味噌汁」であったと著書の『体質と食物』で述べられています。広島でも味噌屋さんをはじめ味噌を食べていたことで急性障害を免れたという人たちの話が報告されています。 貴重な症例報告ですが、学問的なエビデンスではなく、そこで、私たちはマウスの実験で味噌の放射線による影響を見てみました。 急性障害では放射線を直接浴びて細胞増殖の盛んな細胞がダメー ジを受けるところから、私たちは小腸上皮で盛んに増殖している腺窩という組織に注目し、マウスに 1週間、味噌餌(10%味噌含有) を与えた後に毎分4グレイのX線を2~3分照射し3日半後に解剖 したところ、「味噌餌群」は「普通の餌群」よりも小腸腺窩が明らかに再生し、放射線防御作用のあることが示されました(図1)。

また、照射直後や1~2日後に 味噌を食べさせても増加は見られず、普段から味噌を十分摂っていると味噌の有効成分が血液中に効果的な濃度で存在し続けて味噌の効力が発揮されるのではないかと考えられます。 中レベルの放射線量を被曝した場合でも、味噌を事前に食べていたマウスは余命が長くなり、味噌には強い放射線を浴びた後の生存率を高める働きがあることも明らかになりました。 味噌のがん抑制効果! 渡邊) がんの最大のリスク要因は食生活(次いでタバコ)です。 国立がんセンターの多目的コホート(JPHC)研究では「1日3杯以上味噌汁を飲む人」は「1日1杯未満しか飲まない人」に比べて、乳がん発生率が40%減少し、 大豆、豆腐、油揚、納豆など他の大豆製品では明確な関連は見られなかったと報告されています(大豆製品を食べる量から大豆イソフラボン摂取量を計算すると、イソフラボンをたくさん食べている人、特に閉経後の女性は乳がんになりにくいという結果も確認)。 男性では、前立腺がんの限局がん(腫瘍範囲が限られている早期のがん)にかかるリスクは、味噌汁を1日2杯以上飲んでいる人の方が1杯未満の人よりも35%低いことが確認され、さらに、大豆製品を最も多く食べているグループ (1日107g以上)は最も少ないグループ(1日47g以下)に比べて、前立腺がんのリスクは半分でした(JPHC研究による)。 つまり、味噌汁をたくさん飲んだり、大豆食品をたくさん食べていると乳がんや前立腺がんになりにくくなるということです。 さらに、私たちはラットの実験で、味噌には大腸がんの前がん病 変抑制と、大腸がんの進行抑制の働きがあることを確認しました (図2)。この他、味噌は肺腺がん、肝がん、胃がんなどの抑制にも有効という結果が出ています。

味噌の塩分は塩化ナトリウム(食塩)とは異なる!? ●胃がん・高血圧の抑制効果 渡邊) 国立がんセンターのHPには「味噌汁をたくさん飲むと塩分摂取量が多くなり、塩分のとりすぎは胃がんや高血圧などの危険因子といわれている」とあります。 一方で1981年、国立がんセ ンター研究所の平山雄疫学部長は 「味噌汁を毎日飲む人ほど胃がんによる死亡率が低い」という有名な疫学データを発表しました。 私たちがラットに発がん物質を 16週間投与した実験でも、味噌餌群(味噌10%入り)は、胃の腫瘍の発生率も、発生した場合の大きさも「食塩2・3%入りの餌」など他の餌群よりも小さかったことを確認しました。味噌餌群と塩分餌群の塩分量は一緒です。それでも胃がんが抑えられたのは、味噌の中の食塩は食塩単独とは異なる作用をしていると考えられます。 高血圧では、毎日味噌汁を2杯飲むと血圧を上げない、減塩味噌では血圧を下げるというデー夕が報告され、昨年発表された共立女子大学の上原誉志夫教授らの研究 では、1日3回までの味噌汁摂取は食塩の過剰摂取に比べて血圧への影響はなく、1日1杯の場合は動脈硬化の指標が低下する傾向が見られました。 私たちの食塩感受性ラットを使った実験でも、血圧が最も上昇したのは2・3%の食塩を含む餌を食べ続けたラットで、味噌餌ラットは普通餌ラットとほぼ同じ血圧でした(図3) 。また、脳卒中 を起こすラットを用いた実験では、味噌餌群ではその発生が遅くなりました。

このように、高塩分がリスクになる胃がん、高血圧、脳卒中などで味噌は有効、もしくは悪影響を与えないという結果は味噌の塩分は発酵熟成の過程で何かの物質に結合している可能性があり、そのため食塩(塩化ナトリウム)としては存在せず、異なる作用をしているのではないかと考えられます。 日本人は塩分を多く摂っているにもかかわらず長寿であるというパラドックスは、味噌を含め発酵食品で塩分を摂っているからではないかとも考えられます。 味噌の健康効果は熟成が鍵~半年から2年でピークに 渡邊) 有効成分の研究も進み、今いろいろわかってきました。 味噌の有効成分としては、味噌の原料である大豆そのものに含まれる多種類の有効成分や機能性成分と、大豆の発酵・熟成過程で蛋白質が分解されてできる味噌特有の成分―中間産物の「ペプチド類」や褐色色素の「メラノイジン」―等が相乗的に効果を発揮していると考えられます。 味噌は発酵・熟成が鍵となり、 熟成味噌は、①イソフラボンの配糖体が消えアグリコン型になることで作用が高まる、②大豆や米に含まれるアレルゲンが減少、③抗酸化作用が増加し、遺伝子組み換えの影響も消失する、④大豆が初めから分解されているので栄養素の消化・吸収が良くなる―等々のことが考えられ、天然熟成の本物を使うことです。 熟成により旨味が増し、塩分がまろやかになった味噌は健康効果も高いことを、私たちは実験で確かめています(図2・4)。

味噌の種類は産地により、淡いクリーム色(白味噌)、信州味噌 など山吹色に近い淡色、津軽や仙台などの赤味噌、その他、淡黄色の麦味噌や褐色の豆味噌などに分類されます。この色の違いは、発酵の過程で起こるメイラード反応によるもので、熟成期間が長いと着色が進みます(写真1)。 健康効果は産地ではなく、熟成期間で決まり、信州味噌は淡色ですが、発酵が比較的長く、6ヶ月以上熟成した味噌がより効力があり、2年でピーク、それ以後は効果が変わらず、5年味噌になると 効果が落ち、10年になると失効します。味噌にはぜひ熟成期間を明記して欲しいものです。 熟成味噌の味噌汁とご飯の「一汁三菜」の日本食の復権を! 渡邊) 「ご飯と味噌汁」中心だった日本人の食生活は戦後、パン食、肉食へと急激に変わりました。今日本では米の消費量が減り続け、食料自給率は地に落ち、「ご飯と味噌汁」の食生活は忘れ去られようとしています。 一方、世界中で日本食の健康効果が評価され、その復権を唱える見解は次々に出されています。 2013年には和食はユネスコの世界無形文化遺産に登録されました。日本型の食生活を取り戻すのは今しかないんです。 味噌汁を1日に3回飲んでも、塩分は約3gです。減塩運動が無意味だとは言いませんが、学校給食を和食にするなど国を挙げて 「ご飯と味噌汁」の生活に戻すのが緊急の課題だと思っています。 徳川家康は、葉菜5種類、根葉 3種類の具沢山汁(五菜三根汁) を愛食していたそうですが、ミネラルや抗酸化物質の宝庫でもある野菜を多種類入れた具沢山味噌汁は、血圧をはじめ、がんや多くの生活習慣病、また、老化を防いでくれる最強の健康食なのです。 内外の西洋料理の一流シェフは、味噌の旨味に注目しています。日本人はバリエーションが得意です。 特に若いお母さん方は伝統的な日本食の智恵と美味しさがこもった新しい味噌料理、和食を編み出して、ぜひ次世代につないで欲しいと願います。  
「野菜多め」で胃がんリスク減 野菜を多く食べる日本人男性は、胃(下部)のがんリスクが低下するという疫学研究を、国立がん研究センター研究班がまとめた。 野菜に含まれる抗酸化成分が、胃がんの原因の一つ、ピロリ菌の働きを抑えると考えられている。 喫煙や塩分摂取などの影響を除いて分析すると、野菜摂取量が最少群の下部胃がんの発症リスクを1とすると、最多群は0.78で、摂取量が多いほどリスクが低い傾向だった。なお、女性は関連がはっきりしなかった。 ちょっと不便で、運動不足解消 昭和大学藤が丘リハビリテーシ ョン病院の橋本通教授は「ちょっと不便がちょうどいいの発想」で、 家事や通勤など普段の暮らしの中で運動不足を解消しようと提案している。 基本は立つ、歩く。階段の昇降は歩き、電話やテレビ視聴などは立って、ティッシュやリモコン、携帯電話などは遠くに置くなどして歩いて取りに行く。 特にエネルギー消費が大きいのは階段昇り。職場では1 階離れたトイレへ階段で、駅でも階段を使い、貧乏揺すりもやらないよりはまし。こまめに動くことは「健康寿命を延ばすためにはとても大事」 だという。

コミュニケーション紙「けんこう331」より

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